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脚本の貸し出しについて

 

演劇ユニット・言葉の動物ではact17 「ミガカヌカガミ~映り移りて虚ろな世~」で使用した
脚本を無償提供いたします。

 

お申し込みは下記メアド宛に

団体名、ご担当者様名・ご連絡先・上演日時を記載し

ご連絡くださいませ。

 

上演に際しパンフ、チラシなどございましたら、
作・西口千草(演劇ユニット・言葉の動物)と必ず記載願います。

 

また、脚本執筆依頼、マスコミ出演依頼もお引き受けしております。

こちらも下記メアドへお願いいたします。

 

kotobanodoubutsu@gmai.com

「ミガカヌカガミ

            ~映り移りて虚ろな世~」

 

                             西口千草

「ミガカヌカガミ」・登場人物表

和泉七瀬(22)               和泉家 長女

和泉しの(72)               和泉家 祖母

和泉昭三(48)               和泉家 父

和泉六ッ実(45)           和泉家 母

和泉二葉(17)               和泉家 次女

圭吾(22)      七瀬の彼氏

 

 

 

  1. すずらん商店街

 SE 雑踏 商店街に流れる音楽

  圭吾、七瀬、暗転の中、声のみ

 

圭吾「今日は七瀬の誕生日なんだから何でも欲しいもん言えよ」

七瀬「そんなに大きく出ちゃっていいの?私がとんでも高い物ねだったら

   どうする気?」

圭吾「この小石谷の商店街にそんな高い物あるわけないだろ」

七瀬「なぁんだ。すずらん商店街限定かぁ」

圭吾「そりゃあそうだろ…時給900円の喫茶店のバイトじゃさ」

七瀬「じゃあ…私この鏡がいい。コンパクトミラー」

圭吾「そんな安物でいいのか」

七瀬「いいのいいの、丁度ポケットに入るくらいの小さいやつが欲しかったの」

圭吾「欲がないなぁ」

七瀬「だって一番欲しかったものはもう手に入ってるから」

圭吾「一番欲しかったもの?」

七瀬「うん」

圭吾「あ、七瀬、福引やってるよ」

 

  SE F・O 

2 オープニング

  M センタースポットに切り替え

 

 鏡文字になっているボードを持ち各自キャスト紹介

 七瀬・二葉・昭三・六ッ実・圭吾・しの の順。

 スポットから明転 タイトルを「ミ・ガ・カ・ヌ」の4枚のボードを使って表現

  

  暗転

3 和泉家

 明転 M F・O

 出かける準備をしている父と母。傍らに七瀬。上手側に玄関、

 下手側に二葉・七瀬・しのの部屋という設定。

         

六ッ実「じゃあ七瀬、お家のことお願いね」

七瀬「わかってる」

六ッ実「もうすぐお祖母ちゃんのお客さんもみえるわ。あと二葉のことも…」

七瀬「わかってるってば。私もう22だよ」

昭三「心配し過ぎだよお母さん。来月七瀬は圭吾君と結婚するんだよ」

六ッ実「そうね。でも本当に私達が行っていいのかしら。元々これは七瀬と圭吾

    くんが福引で当てた温泉旅行だったのに…」

七瀬「しょうがないよ。圭吾が駅の階段から落っこちて怪我しちゃったんだも

   ん。たまには親孝行したいしさ」

昭三「さぁ、もうそろそろ出かけないとバスに乗り遅れるよ(ドアを開け) 

   それにしてもいい天気だなぁ。昨日の大雨が嘘みたいだねぇ」

七瀬「行ってらっしゃい。お土産よろしくね……さてと」

   

   七瀬 一旦下手に退場

 

六ッ実「お父さん…私なんだか嫌な予感が…」

昭三「和泉家の血か?取り越し苦労だよ」

 

  父母、上手退場。七瀬下手から料理を持って登場。舞台奥をノック。

 

七瀬「二葉、朝ご飯食べない?クロワッサンとハムエッグ、二葉の好きな

   ヨーグルトサラダも作ったよ」

二葉(N)「…いらない、私のことなんてほっといて!」

七瀬「ほっとけないよ。ねぇ、たまには一緒に食べない。いつまでも引きこ

   もってちゃ体に毒だよ」

二葉(N)「……」

七瀬「学校で何があったか話してよ。話せば少し楽になるかもしれないよ」

二葉(N)「話したくない!お姉ちゃんに関係ないもん」

七瀬「関係ないわけないじゃん。家族でしょ?」

二葉(N)「家族の絆?馬鹿馬鹿しい!絆の正体は傷の舐め合いなんだよ!」

七瀬「……そうかもしれないね。でも動物の群れはそうやって本当に傷を

   治し合うんだよ。誰かが苦しんでる時にはせめて自分のできることで

   力になりたいって思うのは当然じゃん」

二葉(N)「………」

七瀬「私さ……5歳くらいまで凄く体が弱かったんだ。だから保育園で友達作れ

   なくて。そりゃあ高校の人間関係ほど複雑じゃなかったけど沢山の人の

   中にいてもその方が寂しいって気持ち、少しはわかるつもりだよ」

二葉(N)「わかんないよ、お姉ちゃんに私の気持なんかわからないよ」

七瀬「ねぇ二葉、式には出てくれるんだよね」

二葉(N)「うるさいなぁ、話したくないって言ったら話したくないの!

        向こうへ行って!」

七瀬「二葉…」

 

  SE ピンポーンというドアチャイム 男女のウキウキした声

 

男(N)「おはようございまーす。ちょっと早いけど来ちゃいました」

女(N)「しのさんいらっしゃいますかぁ」

 

  下手から巫女姿のしの登場

 

しの「はーい、七瀬、お母さんは?」

七瀬「旅行よ。昨日言ったじゃない」

しの「………そう。じゃあ七瀬、お客様にお茶を用意しておくれ。

   あと占いに使うお婆ちゃんの鏡。いいかい、いつも言ってるけど

   くれぐれも箱を開けるんじゃないよ」

七瀬「うん、任せといて」

 

  二葉に用意した食事を持って下手に退場。しの上手に移動

 

しの「まぁまぁ、よくいらしてくれました。お疲れになったでしょう。どちらから

   おみえですか?まぁそんな遠くから…どうぞお上がり下さい」

 

  しののセリフを徐々にF・O・同時に照明も溶暗。暗転を待たずして

  七瀬のナレーション

  M ピンスポ上・センター・下 その中を狐の面を被ったしのが

  神楽鈴を鳴らしながら上手から下手へ移動

 

七瀬(N)「和泉家は代々『鏡神社』という神社を営んでいる。今でこそアルバイト

    の巫女さんがお守りなんかを売ってる時代だが和泉家に生まれた女は

    皆霊力を持ち、代々巫女になることが義務付けられている。

    昔は神楽を舞ったり、祈祷や口寄せなども行っていたらしい。今は

    占いだけでお祖母ちゃんが氏子さんの結婚式の日取りや子供の命名、

    引っ越しに適した方角や先祖供養などの相談に乗っている。本来巫

    女は若くて未婚の女性の仕事なのだがお祖母ちゃんの霊力が並外れ

    て強いのとお母さんが後を継ぎたがらなかったのでお祖母ちゃんが

    そのまま続けている。

    不思議なことに和泉家に男は生まれない。養子に入り、資格を取っ

    てゆくゆくは鏡神社の宮司になってもらうのが結婚の条件。御神体

    は300年前に作られたという手鏡。以前は神社に奉納されていた

    がお婆ちゃんの占いがあまりにも当たり、評判が評判を呼び毎日の

    ように相談者が来るので、今ではお祖母ちゃんの部屋に置いてある」

 

   暗転

4 お祖母ちゃんの部屋

  明転 M F・O しのの部屋。沢山の箱が重なっている。鏡の箱を探す七瀬

 

七瀬「えーっと、これでもないしこっちでもないし…どれだったっけ?いつも

   お母さんが出してるからなぁ」

 

  「封」と書かれた紙が貼られている箱を見つけ

 

七瀬「あったこれだ!………あれ?封印の紙が破れてる。こんなこと今迄なかった

   のに」

 

  暫く考える。

 

七瀬「見るなと言われると見たくなるのが人情よね……」

 

  開けようとして思い留まる。

 

七瀬「ダメダメ!いつもお祖母ちゃんに言われてるじゃない。この箱は巫女

   であるお祖母ちゃんしか開けちゃいけないって……でも……私も和泉

   家の女なんだし…ゆくゆくはこれを扱うことになるかもしれないし…

   ちょっとだけなら………」

 

  開けて鏡を取り出す。まだ鏡は客席に背を向けている

七瀬「へえ~、これが代々和泉家で受け継がれてきた鏡かぁ。凄ぉい」

 

  七瀬、話しながら観客に背を向ける

 

七瀬「……どういうこと?私が映ってない‼」

 

  客席に向き直る。鏡は枠だけになっている

 

  M 竜巻のような音・恐怖を煽るような音楽

  同時に照明ピンスポへ。暗くなったり明るくなったりする

 

七瀬「何これ?嘘でしょ‼鏡の中に吸い込まれるーーーーーーー‼」

 

  M 大きくなって暗転。C・O

5   祖母の部屋

  明転  七瀬が倒れている。傍らには鏡が伏せられている。

 

七瀬「う~ん……何よ元のお祖母ちゃんの部屋じゃない。何だろ今の…錯覚

   だったのかな?…あっ、こんなことしてる場合じゃない!お祖母ちゃん

   に鏡持って行かなきゃ!」

 

  大急ぎで鏡を箱に仕舞い封印を張り付け上手に

  SE 襖を開ける音。上手、二葉が立っている。二葉あっけにとられた表情

 

七瀬「あっ、二葉。鏡なら私が持っていくから大丈夫よ。さっきの朝ご飯

   ラップして台所に置いてあるから」

二葉「…そんなことより」

七瀬「どうしたの二葉?真っ青よ」

二葉「…お姉ちゃんどうして生きてるの?」

七瀬「へ?」

二葉「お姉ちゃんバスの事故で死んだはずでしょ⁈圭吾さんと温泉旅行に

   行って土砂崩れにあって…」

七瀬「何言ってるのよ、あのチケットはお父さんとお母さんにあげたじゃない」

 

  SE 襖の開く音 上手から母

 

六ツ実「お母さんがどうしたの?……七瀬‼お父さん、お父さん、七瀬が!」

 

  昭三、同じく上手から

 

昭三「何だ、どうしたんだ……なっ!…七瀬、お前本当に七瀬なのか?」

 

  六ッ実、七瀬に抱きつき

 

六ッ実「七瀬!帰ってきてくれたのね‼よかった。お願いだからもうどこ

   にも行かないで」

七瀬「痛い!お母さん離して。二人ともどうして帰ってきたの?さっき見送

   ったばかりなのに……」

昭三「見送ったってどこに?」

七瀬「福引で当てたバスツアーに決まってるじゃない!」

昭三「福引ってお前…」

二葉「そのバスツアーでお姉ちゃんは死んだのよ。土砂崩れに遭って。

   圭吾さんも酷い大怪我して病院に担ぎ込まれて……」

七瀬「いい加減にしてよ!圭吾とはさっきラインでやり取りしたばかりよ!

   ちょっと待って今証拠を見せるから(ポケットの中からスマホを出す)あれ?

   ない、履歴が全部消えてる!どうして?…ちょっと待って!(電話をかける)」

圭吾の母(N)「はい」

七瀬「もしもし圭吾!」

圭吾の母(N)「…どなた?圭吾のお友達?」

七瀬「圭吾のお母さん?」

圭吾の母(N)「せっかくですけど……圭吾はまだ眠ったままなんです。お医者様が

      仰るには…このまま意識が戻らないということも覚悟しておいて下

      さいと…」

七瀬「お母さんわかりますか?七瀬です。私圭吾さんとさっきラインでやり取り

   したんです。私達旅行になんて行ってないんです!」

圭吾の母(N)「冗談は辞めて下さい!亡くなった七瀬ちゃんの名を語ったりして。

       事故に遭った人間をからかってそんなに楽しいんですか‼」

七瀬「違うんですお母さん私…(電話切れる)……お祖母ちゃん…そうだお祖母

   ちゃんなら私が生きてるって証明してくれるわ!さっき話したばかりなんだ

   から!お祖母ちゃんを呼んで!」

昭三「お祖母ちゃんはいないんだ」

七瀬「どうして?」

昭三「お祖母ちゃんはあの事故の日から忽然と姿を消してな、今捜索願い

   を出しているんだよ」

七瀬「え?だって今さっきこの鏡を持って来いって!(鏡を持つ)」

六ツ実「七瀬、どうして箱が空いてるの?」

七瀬「ごめんなさい、これは……」

 

  M 竜巻のような音・恐怖を煽るような音楽

  同時に照明ピンスポへ。暗くなったり明るくなったりする

 

七瀬「また?…さっきと同じ感覚……」

二葉「お姉ちゃんどうしたの?」

七瀬「また……鏡の中に吸い込まれる‼」

 

  暗転

6  元の祖母の部屋

  5場と同じポーズで七瀬が横たわっている。鏡も同じ場所。ただ一つ

  違っているのは祖母が七瀬の左側に正座をしていること 明転 M F・O

 

七瀬「う~ん……」

しの「気が付いたかい」

七瀬「お祖母ちゃん‼(起き上がる)良かった。ちゃんとここにいる!(祖母の

   膝にすがりつく)」

しの「あれほど箱を開けるなと言っておいたのに」

七瀬「‼……ごめんなさいお祖母ちゃん!あ、あの、お客様は…?」

しの「もうお帰りになったよ」

七瀬「ねぇお祖母ちゃん、あの世界は何?鏡の向こう…私がいない世界」

しの「さぁ?夢でも見たんじゃないのかい?」

七瀬「私も最初は夢だと思った。でもお母さんが抱きついた跡がまだ痛いのよ!」

しの「鏡が見せたまやかしさ。さっさと忘れておしまい」

七瀬「そんなわけない!まやかしを見せる鏡が御神体なわけないじゃない!」

 

  SE 襖を開ける音

  顔面蒼白な二葉が上手に立っている

 

二葉「お姉ちゃん!」

七瀬「二葉、……よしてよ。もうやめて、ちゃんと生きてるってば!」

二葉「ううん、死んじゃったんだって。…お母さん」

七瀬「は⁈」

 

  二葉、七瀬に抱きつく

 

二葉「今電話があって…放っておこうと思ってたんだけどいつまでも鳴ってるから

   …思い切って部屋を出て電話を取ったら警察で…バスが土砂崩れに巻き込ま

   れたって……お父さんは何とか一命をとりとめたんだけど…お母さんが…

   お母さんが!」

しの「すぐ病院に行きましょう。二葉、着替えて保険証と印鑑、あとお父さんの

   パジャマと替えの下着を用意して!」

二葉「うん!」

 

  二葉上手退場

 

七瀬「頭がおかしくなりそう!この世界じゃお母さんが……何を信じればいいの?

   もう耐えられない‼」

しの「心配しなくても現実の世界で六ッ実は元気だよ。これは影の世界」

七瀬「影の世界なんて知らない!私はずっとこの家で暮らしてた。昨日の記憶だっ

   て一昨日の記憶だって子供のころの記憶だってある!(袖をまくり)ほら、この

   傷、子供の頃自転車で転んでお祖母ちゃんに手当てして貰った傷‼覚えてる

   でしょ⁈」

しの「何もかも影なんだよ。お父さんやお母さんも二葉もこの家も、この鏡さえも

   現実はこの中。お前は七瀬の影なんだよ」

七瀬「影なんかじゃない!影がこんなに苦しいわけない、生きてるからよ!

   生きてるから苦しいの!」

しの「そう、生きてる…お祖母ちゃんの作った影の世界で」

七瀬「お祖母ちゃんが作った?」

しの「お前はあの事故で亡くなった。生まれてから今日までの膨大な記憶を持って

   はいるがそれも影。あちらとこちらはそっくりで影達も感情を持ってはいる

   が決定的に違うことが一つだけある。こちらのお前はあのバスに乗っていな

   い」

七瀬「あれは圭吾が階段から落ちて足を挫いたから…」  

しの「私はね…耐えられなかったんだよ。圭吾さんとの結婚式をあんなに楽しみに

   していたお前が花嫁衣装に袖も通さず死んでゆくなんて。鏡さえ覗かなけれ

   ば、この世界を疑わなければお前は幸せな結婚ができたのに」

七瀬「私があちらの世界に行けばいいのよ。そうすれば…」

しの「行けないよ」

七瀬「だってさっきは簡単に…」

しの「(首を振り)七瀬、お前あちらの世界に何分いた?せいぜい2分か3分だろ。

   現実に存在しない影は鏡が吐き出してしまうんだ。この鏡には神様が宿って

   いてね、これに映らない人間、つまり死んだ人間が鏡を覗くと一度だけ元居

   た世界に帰して自分の死をわからせてくれるんだよ。

   悪いことは言わないから、この影の世界で式を挙げて幸せにおなり」

七瀬「そんなの意味がない!だって、結婚が決まった時にあんなに喜んでくれた

   お父さんとお母さんに式へ参加してもらえないなんて!」

しの「七瀬」

七瀬「私、今朝披露宴で皆への手紙を読み上げる練習してたのよ。何度も何度も

   読んで覚えちゃった。お父さん、お母さんありがとうお祖母ちゃん、二葉あ

   りがとう。誰が欠けても私はこんなに幸せじゃなかった。皆がいたから、皆

   がいたからこその私だった。そして圭吾が新しい家族になってくれる。皆が

   作ってくれた思い出も、これから圭吾と作る未来も全部全部宝物。私は世界

   一の幸せ者です………って」

しの「七瀬、わかっておくれ。こうするしかなかったんだよ」

七瀬「その鏡で世界が作れるんでしょう…」

しの「やめておきなさい。世界なんて簡単に作るもんじゃない」

七瀬「でもお祖母ちゃんは作ったんでしょう。だから私がここに存在してる!」

しの「自分に都合のいい世界が必ずしも他の人にとって素晴らしい世界だと

   言えるかい?」

七瀬「やってみなくちゃわからないわ。私だって和泉家の女よ」

しの「ろくな霊力もないのに軽々しく世界を造るなんて言うもんじゃありません」

七瀬「お祖母ちゃんは狡いわ」

しの「……私が狡い?」

七瀬「私のためなんて言ってるけど結局はお祖母ちゃんが私の死に耐えられ

   なかったんでしょう?私だってそうよ。お父さんやお母さんに喜んで

   欲しい。それは結局……私の欲望。家族を愛する気持ちから生まれた

   思いだけど結局は我儘だわ。お祖母ちゃんがそれを通したのなら私に

   だって世界を造る権利がある!」

しの「……またこの鏡の使い方を教える日が来るとはね」

七瀬「またってどういうこと?」

 

  しの、七瀬に鏡を向ける。鏡を手に取る

 

しの「まず一つ。この手鏡はミガカヌカガミと言って私達和泉家の女が氏子

   さんを幸せに導くために使う道具なんだ。神様から賜った道具、神の

   依り代。私達和泉家の人間が自分たちのために使ってはならない」

七瀬「知ってるわ」

しの「しかし鏡に裏表があるようにこれにも裏の使い方がある。それが

   この世界を造ることができるということさ。しかしそれにはどうして

   も我欲が入り込む。か・みという字の真ん中に我(ガ)が入るか

   ら鏡。間違った選択をすればそれを思い知るようにできている」

七瀬「覚悟はできてるわ」

しの「二つ『かけまくも畏き鏡の大神、新しき世を映しておくれ』という祓

   言葉を唱える。祓言葉とは神事を行う時に唱える呪文のようなものさ。

   そして今の現実を作った分岐点をありありと想像する。風景、流れて

   くる音、温かいのか寒いのか。着ている服の肌触り、持ってる荷物の

   重さ…それらが正確に思い出せればその映像が鏡に映る」

七瀬「それからどうするの?」

しの「三つ その中に飛び込んで前とは違う選択肢を選ぶ。それで人生が

   変われば現実から吐き出される。吐き出された世界は影の世界。

   つまりここに戻る。しかし違う選択肢を選んだ世界に変わっている。

   その結果に納得できれば再び鏡に飛び込めばいい。それが新しい現実

   として上書きされる。気に入らなければ別の分岐点を探し直す」

七瀬「現実の世界の自分と協力して歴史を変えることはできないの?」

しの「残念ながら鏡を使う者は二人には増えない。お祖母ちゃんも協力は

   できない。七瀬がたった一人で現実を創るしかないんだ」

七瀬「わかったわ、やってみる。…(念じる間)『かけまくも畏き鏡の大神、

   新しき世を映しておくれ」

しの「何か映ったのかい?」

七瀬「すずらん商店街…圭吾と歩いている。22歳の…私の誕生日」

 

  M 竜巻のような音・恐怖を煽るような音楽

  同時に照明ピンスポへ。暗くなったり明るくなったりする

 

しの「さぁ、早くお行き!」

 

 暗転

7  すずらん商店街

   明転

 SE 雑踏 商店街に流れる音楽

 

圭吾「そんな安物でいいのか」

七瀬「いいのいいの、丁度ポケットに入るくらいの小さいやつが欲しかった

   の」

圭吾「欲がないなぁ」

七瀬「だって一番欲しかったものはもう手に入ってるから」

圭吾「一番欲しかったもの?」

七瀬(N)「ここだ!ここで私達が素通りすれば…」

 

 SE雑踏 F・O

 SE 福引の鐘の音

 

おじさん(N)「はい、おめでとう!3等の濃口醬油1リットル」

圭吾「あ、福引やってるよ。商店街のレシート500円分で参加できる

   って。この鏡を買ったらレシートが一つ手に入るし、やってみようか」

七瀬「いい!」

圭吾「だって1等温泉バスツアーだよ。5等のお菓子の詰め合わせだって

   結構いいの入ってるし」

おじさん(N)「どうしたのお客さん、やるのやらないの?」

七瀬「やりません!……今日私が手に入れる物はこれだけでいいの。その方が

   この鏡が特別な物になるし、泊りがけの旅行だって初めてはやっぱり新婚旅

   行がいいでしょ。一つ一つを大切にしたいのよ」

 

  M 竜巻のような音・恐怖を煽るような音楽

  同時に照明ピンスポへ。暗くなったり明るくなったりする

  圭吾には聞こえていないようだ

 

圭吾「わかった。じゃあこれ買ってくるよ」

 

  圭吾下手に退場  暗転

8  元の祖母の部屋

  明転 七瀬また同じように横たわっている。傍らに祖母

  七瀬、ガバッと起き上がる

 

七瀬「お祖母ちゃん!」

しの「どうだった?」

七瀬「福引きを引かないようにしたの!これで誰も土砂崩れにまきこまれなくて

   済むわ!」

しの「ならいいけど…」

 

  SE 七瀬の携帯が鳴る 圭吾下手よりスポットへ

 

七瀬「圭吾だ。……(電話に出る)どうしたの?」

圭吾「……七瀬、驚かないで聞いてくれ。両親が亡くなった」

七瀬「何言ってるの?」

圭吾「福引で一等の旅行を当てたんだよ。覚えてないか…すずらん

    商店街でやってたやつ…あの後偶然うちの母さんが当てて夫婦で

    出かけたんだけどバスが土砂崩れに…」

七瀬「いやっ!聞きたくない‼」

 

  七瀬電話を切る 圭吾下手に退場

 

しの「もしこの世界を選ぶなら今この鏡に飛び込めばいい。和泉家の人間は誰一人

   亡くなっていないし圭吾君も事故に巻き込まれちゃいないよ」

七瀬「飛び込めるわけがない。圭吾のご両親だって私の家族だもん」

しの「そう言うと思ったよ。じゃあまた新しい現実を作るしかないね」

 

  しの、七瀬に鏡を手渡す

 

七瀬「あれ?鏡にヒビが入ってる」

しの「こちらは影の世界だからね。この鏡も影で本物ではない。あと2回も行き来

   すればこの鏡は壊れ現実と影とを繋ぐ道も永遠に閉ざされてしまう」

七瀬「どうすればいいの」

しの「もしかしたら…もっと大きな代償を支払わないといけないのかもしれない」

七瀬「大きな代償?」

しの「もっと何年か遡って圭吾君と出会わないようにするのさ」

七瀬「そんな…嫌よ!圭吾のいない世界なんて。生き返る意味がない!」

しの「何も一生会わないわけじゃない。バス旅行が終わるまで出会いを遅らせるん

   だよ。お前は圭吾君の顔を知っているのだから出会うのは簡単だろ?」

七瀬「そうだけど…もし会わない間に圭吾に彼女が出来たら…」

しの「七瀬、私は長い間氏子さんのために占いを続けてきてわかったことがあるん

   だ。人と人には切っても切れない縁がある。一度は家族になるという結び付

   きを持った二人ならどんな邪魔が入っても偶然が必然となって必ず出会うよ

   うになっているんだ」

七瀬「そうね……圭吾が死んだり、周りの人が傷ついたりする確率はぐっと減るし

   私が二人の結び付きを信じないでどうするのよ。お祖母ちゃん、私やってみ

   る。『かけまくも畏き鏡の大神、新しき世を映しておくれ』」

 

  M 竜巻のような音・恐怖を煽るような音楽

  同時に照明ピンスポへ。暗くなったり明るくなったりする。 暗転

9  和泉家 居間

  明転 M F・O 昭三、六ッ実と七瀬が向かい合って座っている

 

六ッ実「何ですって!滑り止めで受けた白梅女子に行きたいですって?」

昭三「東郷大の方が大学としては格上だよ、折角受かったのに一体またどうして」

七瀬「いろいろ資料を見比べて思ったんだけど白梅の方が学びたい学科もあるし、

   寮生活ってのも前からあこがれてたのよね」

昭三「寮生活か…確かに白梅はうちから通うのには少し遠いからなぁ」

七瀬「ダメ?」

昭三「いや、ダメというわけではないけど、少し寂しくなると思ってな」

七瀬「わがまま言ってごめんなさい。白梅の方が私立だからお金もかかるのに」

昭三「お金のことは心配しなくていいよ。お金がなくて子供たちにやりたいことを

   やらせてあげられないようじゃ親失格だからな」

六ッ実「七瀬が決めたことなら応援するわ」

昭三「そうだな、親元を離れることで学べることもあるだろう。しかし七瀬も大人

   になったもんだ。子離れが必要なのは我々の方かもしれんな」

 

  M 竜巻のような音・恐怖を煽るような音楽

  同時に照明ピンスポへ。暗くなったり明るくなったりする

 

六ッ実「たまには会いに行くからね」

昭三「なぁに、たった4年だ。頑張ってこい」

七瀬「ありがとう!」

 

  暗転

10  元の祖母の部屋

  明転 横たわる七瀬 傍らにしの M F・O

 

七瀬「今度こそ大丈夫。私圭吾と違う大学に行ったの。女子寮にも入ったから

   もうあの商店街に近づくことはないわ」

しの「よく我慢したね」

 

  SE 襖が開く音

  六ッ美、上手から喪服で登場

 

六ッ実「七瀬、お母さん、まだ支度してなかったの」

七瀬「お母さん!(六ッ実に駆け寄る)良かった。どこもケガしてない

   またお母さんと暮らせる」

六ッ実「七瀬何言ってるの?早く支度しなさい」

七瀬「どこかに出かけるの?」

六ッ実「どこかにって…斎場に決まってるじゃない。今日は二葉の五十日祭なんだ

    から」

七瀬「五十日祭?」

六ッ実「お爺ちゃんが亡くなった時七瀬はまだ三つだったものね。仏式でいうとこ

    ろの四十九日よ」

七瀬「(母から離れ)二葉…死んじゃったの?」

六ッ実「しっかりして頂戴!何度も言ったでしょ!二葉が死んだのは七瀬のせい

    じゃないって!これ以上自分を責めないで」

七瀬「私のせい…?」

六ッ実「二葉が高校で酷いいじめにあってたのは前に電話で話したわよね。お前

   が寮に入ってから自分の部屋に引きこもるようになって、鬱病がどんどん

         進行していったの。はじめのうちは『お姉ちゃんがいれば話を聞いて貰える

   のにどうしていないの』って泣いてたわ。七瀬は二葉の一番の理解者だった

   ものね。でも自ら命を断ったのは二葉。七瀬が気に病むことじゃないのよ」

七瀬「自殺………」

六ッ実「さ、待ってるから早く支度しなさい」

 

  六ッ美上手に退場

 

七瀬「…(膝から崩れ落ちる)………もう嫌‼どうしても誰かが死んでしまう。

  家族全員で仲良く暮らしたい、たったそれだけの願いなのに‼」

 

  七瀬号泣。しの、七瀬の背中に手を当てて

 

しの「きっとそれがね……人が願う何よりも大きな望みなんだよ」

七瀬「(鏡を拾い上げる)ヒビが大きくなってる。今にも割れそう」

しの「あと一度だね」

七瀬「お祖母ちゃん」

しの「どうしたんだい?」

七瀬「お祖母ちゃんはこの鏡を通って現実の世界から来たんでしょ?」

しの「そう、あちらでは私は神隠しに遭ったことになっている。鏡を

   使う者は自分の使う世界で二人にはならない」

七瀬「だったら最後はお祖母ちゃんが使って。あっちで皆が心配してるわ」

しの「いいんだよ。あと一度ならお前が使いなさい」

七瀬「駄目よ。あっちじゃ私もお祖母ちゃんもいなくなっちゃってるの

   よ。お母さんもお父さんも二葉もどんなに寂しがってるか…」

しの「私があちらに戻れば六ッ実が死んだ現実が上書きされる。私があ

  ちらに戻らなければこの悲劇は影の世界で食い止められる」

七瀬「お祖母ちゃん、本当にそれでいいの?」

しの「七瀬…圭吾君を階段から突き落としたのはお祖母ちゃんなんだよ」

七瀬「え?」

しの「数日前、小石谷の駅で圭吾君とあったことを思い出してね、そっと

  後ろに回って背中を押したんだ。致命傷を負わない程度の高さでね。

  とは言え、打ちどころが悪かったらどうなっていたことか。神様でも

  ないお祖母ちゃんが勝手に、誰かを救いたくて誰かを傷つけて…ここ

  はそうやってお祖母ちゃんが作った影の世界。だからその責任はとる

  よ」

七瀬「お祖母ちゃん」

 

  M 照明に何かしらの変化が欲しい

 

しの「さぁ、これが最後だ。幸せになるんだよ(鏡を持たせる)」

七瀬「(頷く)かけまくも畏き鏡の大神、新しき世を映しておくれ」

しの「(鏡を覗きこみ)これは…」

七瀬「そう、圭吾が結婚のあいさつに来た日よ。見てお祖母ちゃんがい

  る。お父さんもお母さんもいる。二葉はまだひきこもりになってな

  くて私と凄く仲が良くて…22年の人生でこの日が一番幸せだった」

 

  昭三、上手から出てきて七瀬達の前を行ったり来たりする。そのあと

  に普段着の六ッ実が同じく上手から出てきて祖母の隣に座る。影の世

  界と現実とが混ざり合う

 

六ッ実「お父さんったら、少しは落ち着いて下さいよ」

昭三「そうは言うが結婚の挨拶だぞ。七瀬はまだ22だ。もっと先の話だと思っ

   てたのに」

六ッ実「そうね。でも七瀬が決めた人ならきっといい人よ。それに今時いないわよ、

    養子に入って神社を継いでくれる人なんて」

 

  七瀬、ポケットからコンパクトミラーを出して開く。昭三、六ッ実は

  マイムで芝居を続ける

 

しの「七瀬、何をする気だい?」

七瀬「子供のころお母さんの三面鏡で合わせ鏡をして遊んだの。私の顔が無限に

   映って不思議だった」

しの「七瀬、いけないよ。合わせ鏡で作った世界に飛び込めばその一日を永遠に過

   ごすことになるんだよ!」

七瀬「(首を振って)ううんお祖母ちゃん、そうしたいの。私はこの日を永遠にしたい

   の。この中で暮らしたいの」

 

  七瀬 合わせ鏡を作る

 

圭吾「(袖で)こんにちは」

 

  昭三びくっとする。しのの表情が変わっていく

 

六ッ実「あら、いらっしゃったんじゃない?(立って一旦上手に退場)どうぞお入り

    ください。圭吾さんて仰るのね。七瀬から話は聞いておりますわ」

しの「昭三さん、一家の長なんですからどっしり構えてなくちゃ」

昭三「そうは言いますがお義母さん、どうもこういう事は慣れてないもんで」

しの「(笑って)こんなことに慣れてる父親なんていませんよ」

 

  二葉下手から出てきて祖母の横に座る。

 

二葉「私も居ていい?」

しの「なんだい二葉、面白がって。これは遊びじゃないんだよ」

二葉「面白がってなんていないわよ。お姉ちゃんの旦那さんなら私のお義

   兄さんになる人よ。私だって見ておく権利があるわ。ねぇお姉ちゃん」

七瀬「(鏡を下げ)やっぱり二葉面白がってるでしょう」

二葉「バレた?」

 

  七瀬、二葉、しの笑う。圭吾上手から入ってくる

 

圭吾「お邪魔します」

昭三「おお、きみが圭吾君か、まぁかけたまえ」

六ッ実「圭吾さんから萩屋のお饅頭いただいたから今お茶入れますね」

二葉「萩屋ってもしかして日の出饅?凄い、浅草の名店じゃない」

しの「二葉、はしゃがないの」

昭三「外は寒かったかい」

圭吾「いや、それほどでも」

 

  六ッ美 お茶と饅頭をそれぞれのテーブルに配る

 

昭三「お義母さん、こういったときはその…どっちから話を切り出すもの

   なんですかね」

しの「どっちだっていいじゃないの。うちはうちのやり方で」

圭吾「僕もどう切り出したらいいのか…娘さんを下さいも少し違うし」

昭三「なんていうかこんな日が来たら『娘はやらん』なんて言って盛り上げた方

  がいいのかな…なんて頭の中でシュミレーションしたりしたんだけど、その…

  養子に入って神社を継いでくれる…なんてのはこちらとしても願ったり叶った

  りで…断る理由がないんだよ。ただ一つ、若すぎるということを除けばね」

圭吾「はい、僕も七瀬さんもまだ22です。でもいずれ宮司になるなら早い

   うちに勉強がしたいと思いまして」

昭三「ご両親はそれで納得されているのかね」

圭吾「はい、弟がいます。僕自身も昔から神職というものに興味がありました」

昭三「そうか、じゃあなおさら問題はないね」

圭吾「(深々と頭を下げ)必ず七瀬さんを幸せにします」

昭三「圭吾君、それは違うよ。幸せというのはね、なることはできても、してあげ

   るというのは本当は難しいものなんだ……七瀬は生まれた時2400gの

   未熟児でね…私は出産に立ち会ったんだが、うんともすんとも言わなくて…

   これはもう駄目なんじゃないかと思った時、奇跡が起きてね。お医者さんが

   足を持って七瀬の尻を叩いてくれて、そしたらやっと大きな産声を上げたん

   だ…それが私たち夫婦が七瀬から初めに貰った幸せです。

   七瀬を幸せにしてくれとは言いません。七瀬と一緒に暮らせば必ず圭吾君も

   幸せになれます。うちの七瀬はそういう子です」

圭吾「お義父さん……わかりました。七瀬と幸せになります」

昭三「よろしくおねがいします」

二葉「お姉ちゃん、おめでとう!」

六ッ実「早いものね。この人が菓子折りを持って挨拶に来たのがつい昨日の事みた

   いなのに今度はこの人が挨拶される側になってる」

しの「その前はお父さん、私の父は厳格だったから怒鳴られて大変だったんだよ」

二葉「私にもいつかこんな日がやって来るのかな?」

六ツ実「やって来るわよ。そうやってこの家はずーっと続いてきたの」

しの「そしてこれからも続いてゆくのさ、ずーっとね」

 

  ピンスポ  七瀬立ちあがる

 

七瀬「お父さん、お母さんありがとう。お祖母ちゃん、二葉ありがとう。

   誰が欠けても私はこんなに幸せじゃなかった。皆がいたから、皆がい

   たからこその私だった。そして圭吾が新しい家族になってくれる。

   皆がつくってくれた思い出もこれから圭吾と二人で作っていく未来も

   全部全部宝物。私は今、世界一の幸せ者です」

 

   七瀬、満面の笑み 暗転 M 一際盛り上がる。

11  終章 数年後の現実 霊園

   中央ピンスポ しの。 昭三、六ッ実、二葉、圭吾板付き  M F・O

 

しの「早いものであれから五年の歳月が過ぎました。とは言え七瀬は年も取らず

   あの一日を繰り返し繰り返し過ごしていることでしょう。私が住む世界の和

   泉家は二葉と昭三さんの三人家族、事故をきっかけに二葉は自分を取り戻し、

   昭三さんのリハビリに付き合い、ようやく日常生活に支障がないところまで

   回復することができました。そして二葉は今、私の手伝いをしながら巫女に

   なるための勉強をしています。どのような不幸が幸せにつながるか、どのよ

   うな幸せが不幸に繋がるかわからないものです。……現実の世界で家族はど

   んな日常を過ごしていることでしょう。鏡を失った私としては知る由もあり

   ませんが…」

 

   しの上手に退場 入れ替わりに赤ん坊を抱いている二葉がスポットへ。

   

二葉「お父さん、一花お願いね(昭三に赤ん坊を渡す)」 

昭三「おお、よしよし(赤ん坊に)ほーら一花、あのお墓に叔母さんが眠ってるんだぞ。

   一花も手を合わせような」

 

   二葉 二礼二拍手一礼。 明転 他の家族も手を合わせる

 

六ツ実「無事終わってよかったわね、七瀬の五年祭」

昭三「あの事故からもう五年も経ったんだなあ」

圭吾「ほんの一秒前まで僕たちは幸せだったんです。突然の轟音で車が横転して何

   が起こったのかわからなくて七瀬を守りたいという思いも起らないまま僕は

   気を失いました。病院で目を覚まし七瀬の死を伝えられた時、これはきっと

   夢だと思った。目を覚ませばきっと七瀬が生きてる世界に戻ってる…でも何

   度目覚めても七瀬は戻ってこなかった」  

二葉「……ごめんなさい!」

圭吾「どうしたんだよ二葉」

二葉「お姉ちゃんが死んだのは私のせいなの!」

六ッ実「どういうこと?」

二葉「お祖母ちゃんがまだ神隠しに合う前、ご神体の鏡は強い霊力を持

   っているから絶対に箱を開けるなっていうもんだから…」

六ッ実「鏡を使ったの?」

二葉「(頷き)私あの時学校でイジメに遭ってて…どんどん幸せになっていくお姉

   ちゃんに置いて行かれたようで悔しかったの…それに…しょっちゅう家に

   来る圭吾さんが優しくて少しずつ好きになって……お祖母ちゃんがいない

   間鏡に向かって『お姉ちゃんなんかいなくなっちゃえ』って何度も念じて

   たの。死んで欲しいなんて気持ち全然かったのに!(泣き崩れる)」

六ッ実「そう。だからあの頃お母さん『封印の紙が破れてたけど何か知らないか

    い』って私によく聞いてたのね。二葉は鏡に向かって祓言葉を唱えた?」

二葉「祓言葉……何のこと?」

六ッ実「なら大丈夫よ。二葉のせいじゃないわ。可哀そうに自分のせいだと思って

    ずっと苦しんでたのね」

二葉「でも…お姉ちゃんから圭吾さんを奪ったのは事実よ!」

圭吾「そんな風に思ってないよ。あのバスの事故の後、心も体もボロボロになった

   俺の面倒を見てくれたのは二葉だったんだ。二葉がいなかったら俺はここ迄

   回復できなかったと思ってる」

六ッ実「そうよ。それに二人が結ばれなかったら一花は生まれなかった」

昭三「一花がいない世界なんて考えられないよ。圭吾君はよっぽどこの家に縁の

   ある男だったんだな。ほーら高いたかーい(六ッ美から一花を取り上げ抱き

   上げる)」

六ッ実「今だから言うけど…本当は二葉にお姉ちゃんはいないの。ううん、いた

    けどずっと前に亡くなってたの。おそらく圭吾さんは元々二葉の旦那様に

    なる人だったんだと思うわ」

二葉「…何それ?」

六ッ実「私は七瀬を二度産んでるの」

昭三「そりゃ…どういうことだい?」

六ッ実「このことは誰にも話さずに生きていくつもりだったんだけど…

    一度目は死産だった。私はお母さんに鏡の使い方を聞いて七瀬を生き返ら

    せたの。鏡は七瀬に22年もの命をくれた。七瀬が亡くなったのはその時

    の帳尻合わせなんだと思うわ」

二葉「……本当なの?」

六ッ実「(頷く)……だから本当は私に巫女を継ぐ資格なんてなかったの。償いね。

    今お母さんの後を継いで占いをやってるのは」

昭三「神隠しに合ったお義母さんの居場所を占えればいいんだが、鏡は氏子さん

   の為のものだからなぁ」

六ッ実「お母さんなら大丈夫。居場所の見当ならついてるわ」

圭吾「僕に特別な力はないですけど…一花にもしものことがあったとして、

   その命を取り戻すことができるとしたらどんなに間違ったことでも

   やってしまうんじゃないかと思います」

二葉「私だってそうよ!お母さんは悪くないわ」

六ッ実「そうね、和泉家の人間ならみんなそうするでしょうね。一番大切なものを

    ……守るためですもんね」

 

  圭吾、ハッとする

 

昭三「あれ?」

二葉「どうしたの?」

昭三「一花のこの傷跡どうしたんだ?」

二葉「傷?………ああ、生まれた時からあるのよ」

昭三「そっくりじゃないか。七瀬が自転車で転んで作った傷と……」

二葉「またー、そういう風に考えたいからそう見えるんじゃないの?」

六ッ実「さ、帰りましょう。今日は七瀬のお友達が沢山お参りにみえるから」

 

  三々五々下手に向かって話しながら退場。圭吾だけが残る。

  中央ピンスポに。

  コンパクトミラーを出して七瀬の墓に供え下手退場  暗転

 

圭吾「一番大切なものをありがとう」

 

   暗転  M F・O

                        【END】

 

 

 

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